如是我聞 ー五井先生の言葉ー(日本語)
高橋 英雄 編著
161.
私が一番嫌いなのは言訳(いいわけ)。
自分が間違ったことをしておいて「これはこうだから仕方がないんだ」とか「私は委(まか)せてあるんだからいいんだ」というのは言訳ですよ。
人がなんと言おうと、なんと思おうと、絶対に言訳をしてはいけない。悪く思われたら思われたでいい。すべて神様が知っているんです。だから神様に委せておいたらいい。
まして自分に言訳をしてはいけない。これは一番悪い。それでは自分が進歩しません。 悪かったら「悪かった、神様ごめんなさい、もうしません」とあやまってしまえばいい。そうすれば神様は「ヨシ憂(う)い奴じゃ」とゆるしてくれるんですよ。そこに消えてゆく姿があるんです。
言訳をして「あれは仕方がない。あっちが悪いんだ、私がやったって仕方がないじゃないの」これはダメ。業をくっつけたまゝだからね。
「あっちが現象的に悪いけれども、私にぶつかってくるからには、私の中に何か業があったんだろうな。二人の業がぶつかって消えてゆくんだろうな。あゝ早く消えてゆきますように、神様、世界人類が平和でありますように」とやった時に、初めて消えるんです。 仕方がない、なんてありゃしない。すべて因縁因果の摂理によって現われてくるんだから何かやられる時には、こっちがどんなにいいことをしていても、何か中に過去世からやられる因縁があったんだからね。あゝこれで消して下さって、有難うございます。ということになれば菩薩心になるわけです。そういうようにならなければいけませんね。
■書籍「如是我聞 ー五井先生の言葉ー」(日本語/Japanese)
高橋 英雄 編著
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